有松絞り・鳴海絞りの歴史と今

江戸時代のはじめ、慶長年間(1596~1615)に誕生したと伝えられる有松・鳴海絞。
400年近くもの長い伝統を持ったこの技法は、括りと染めの鮮やかなコンビネーションにより100種にも上るバリエーション豊かなさまざまなパターンを生み出しています。
原布のさらしから染色整理に至る各種の工程が、分業化されるようになってきたのは18世紀の中頃だといわれます。括り作業は「括り方」、染めをする職人は「紺屋」と呼ばれ、さらに括り作業の仲介をする取次職なども生まれ、分業形態がはっきりと定まるようになりました。このような分業化によって、高い専門性を誇る職人集団が形成され、全国に名を知られる優れた製品群が生み出されていったのです。多くの伝統産業の産地と同じく、ここ有松・鳴海でも、後継者育成は大きな問題になっています。しかしその一方で、意欲的な活動を続ける若手作家も出てきています。先人の大きな遺産を生かしつつ試みられる新たなる創造—文化の新しい波は着実に押し寄せてきているようです。

久野染工場について

現在絞染めの工程は、すべて分業で行われており、その中でも久野染工場は、重要なプロセスである染色のパートを担当しています。
そもそも絞りというものは、種類によって染料技法がことなる、その関係で絞りの種類も減ってしまった。久野染工場でも、現在は化学染料を中心に、手染めの技を多種多様な繊維に応用しながら、絞りの特徴であるしわの表現(しわの形状固定)にも現在取り組んでいます。
最近では、インテリア、ファッション、アートなどのジャンルにも絞り素材として進出するようになりました。
これからも消費者のニーズに応えたおもしろい素材を扱っていきたいと思います。
それにはまず、一般の人に絞りに対する意識を新たにしていただくために、久野染工場では、絞り教室を開設して、興味ある方の参加をお待ちしています。